マインドは生後親や社会などから作られていくものですが、ハートは生まれながらに備わっているものです。
マインドが人工的であれば、ハートは自然のもの。マインドが思考であるのに対して、ハートは無思考です。
マインドは考え、ハートは感じる。マインドは防衛し、ハートは無防備なのです。両者は、これだけの真逆の特性を持っています。
マインドが社会性であるのにハートは非社会性であり、マインドが攻撃性であるのに対してハートは受容性なのです。
マインドの中にもある種の受容性はあるように思えますが、それはホンモノではない感じがしますね。
マインドが受容するときは、形だけ、表面だけ受け入れるということのように思うのです。そこにはある種の取引のようなものが付随している可能性が大ですね。
マインドは計算的ですが、ハートは計算ができません。だから、マインドは打算的ですがハートは取引ができないのです。
このくらいマインドとハートをしっかりと比べてみれば分かるのですが、ハートを主体として生きていなければ人生が殺伐としたものになるのは当然です。
マインドよりもハート優位の人生にすることです。そして最も大切なことは受容するということ。あなたの受容性が花開くとき、全体性が降りてきてくれるのですね。