お盆に故人が会いに来てくれるわけ

家内によると、昨年に急死した家内の親友が珍しく夢に出てきたというのです。きっとお盆だからかなと思ったのだとか。

それは確かにそうなんだろうけれど、じゃあなぜ死んだ人がお盆に会いに来てくれるか分かる?と私。

その理由は簡単。生きている人間が、お盆になると亡くなった人が会いに来てくれると信じている人が多いからですね。

つまり、お盆に亡くなった人を呼び寄せているのは、他でもない我々生身の人間だということです。

亡くなった人も元は人間なので、私たちと同じようなことを考えたり気にしたりするとしても、不思議ではないですね。

大学時代の友人が病気で亡くなる直前に、人は死んだ直後にどこへでも一瞬で行くことができるから試してみてねと言っておいたのです。

そして彼が亡くなって確か二日目だったか。彼が私の事務所にやってきたのです。突然置き時計がけたたましく鳴り出し、電子レンジがチ〜ンと音を立てたのです。

びっくりしたけれど、すぐにああ彼が来てくれたんだなと分かりました。その二日後にも、もう一度彼は訪問してくれたのです。

世間はお盆休みで、道路がガラガラでとても気持ちがいいです。たくさんの亡き人々が、懐かしい家族や友人に会いに来れたのならよかったですね。 

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私たち一人ひとりは、上位次元の何かの一側面でしかない

以前ブログに書いたのか、動画で話したのかは忘れたのですが、円柱という形のものを2次元で捉えると、様々な形となって現れると。

つまり、次元が低くなると高次元のものをそのままに捉えることができなくなり、いろいろな形に見えてしまうということ。

仮に円柱を光の面を通過させるとイメージしてください。縦方向に真っ直ぐ通過させると、通過している間その光の面上にずっと円が現れ続け、そして消えるわけです。

また横から通過させると、初めに円柱の高さと同じ長さの直線が現れて、次第にそれが細長い長方形から円柱の直径と同じ幅の長方形を経由して、最後に直線になって消えていくのです。

そしてさらに言えば、円柱をその光の面に向かってランダムに放り投げた場合には、それこそ無数の形へと変化をして消えていくことになるのです。

2次元の人から見たら、この無限に変化する形が3次元ではたった一つの円柱によって作られるなんて、想像することもできないわけです。

これと同じことが私たちが暮らしているこの3次元(あるいは4次元)の空間でも起きているのではないかと。

どういうことかというと、より上位の次元、例えば5次元に存在する単一の何かが、われわれの次元では無数の存在として見えるのではないか。

人間を見た時に、地球上には80億人ほどの人々が暮らしていますが、各々の人というのは単に高次元の何かの一側面なのではないか、とみることができます。

この感覚が明確になってくるなら、上位次元では全ては一つということになり、それこそが純粋な愛ということになるのでしょう。

あなたも私も、全ての人が互いに異なるバラバラな存在として捉えていますが、上位次元のたったひとつの何かの表れでしかないということですね。

自我に矛盾は付き物

人は誰であれ大なり小なりそれぞれの不満を抱えているものですね。不満が多い人ほど、文句をいうチャンスが多いのも事実です。

極端な例としては、目の前の現実を見ずに頭の中の妄想の中で白日夢のようなものを見て、ずっとぶつぶつ小声で文句を言っているような人がいますね。

そういう人を見れば、文句ばかり言っていれば決して満たされる人生などやってくるはずがないと分かるのです。

けれども、いざ自分自身のこととなると、やはり何らかの不満に対して文句を言いたくなってしまうわけです。

これは一体どうしたことでしょうか?幸せになれないと分かっているのに、決して文句を辞めようとしないのですから。

シンプルに言えば、満ち足りて幸せになりたい自分と、ずっと不満のままでいようとする自分がいるということ。

この相反する真逆の2人が、同時にマインドの中に存在しているということです。それが一般的な私たちのマインドの姿なのです。

こんな自己矛盾を抱えながら人生を生きているのですから、頭を抱えてしまうことがあっても当然かもしれません。

こうした事実をしっかり認識していれば、それほど思い悩むこともなくなっていくはずです。自我に矛盾は付き物ということですね。

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症状を見ていても問題の本質には気づけない

セラピストになって、まだ2〜3年くらいの頃、難しい症状をお持ちのクライアントさんとのセッションで悩んだことがありました。

それは、いわゆる強迫性障害とか、恐怖症などと呼ばれるような症状なのですが、その症状を緩和することさえできればいいのですが、セラピストとしてはその原因を知りたいと。

クライアントさんによって、具体的な症状は様々だったので、その症状ごとにどういった原因があるのかを検証しようとしたのです。

ところがその途中で、あることに気づいたのです。ああこれは、症状そのものを追及したところで、そこには意味がないなと。

要するに、そういったご本人にとって甚だ困ってしまう症状がやってくることで、人生を快適で気持ちの良いものから遠ざけることが目的なんだなと。

そう気づいた時に、これは私がずっと言い続けている「問題行動」(問題視してもらうための行動)の一種なのだなと分かったのです。

それが理解できたので、あとはもうずっと文句を言い続けているインナーチャイルドがいると、ご本人が気づくことが大切なのです。

その不満が解消されない限り、本人を幸せにしてはならぬ、と訴えているのですから。個別の症状をどれほど検証してみたところで、問題の本質には近づけないわけですね。

「人生は思い通りにいかないものだ」で生きてみよう

私たちは、自分の望みが叶って思い通りの結果がやってくると、とても嬉しい気持ちになるし、喜ぶことができるのです。

またその一方では、思い通りの結果がやってこなければ、悲しくなったり苦しい気持ちになってしまうということです。

こんな当たり前のこと、誰でも知っていると思うのですが、これを逆利用してしまえば苦しみから解放される人生になる、とは思いませんか?

どういうことかというと、「人生というのは自分の思い通りには行かないものだ」と、最初から決めてしまえばいいのです。

深くそれに根ざして生きることができるなら、どんな結果がやってこようがそこに喜怒哀楽の反応が起きなくなるということ。

喜びもやって来ない代わりに、苦しみも来なくなるわけです。でも喜びが来ないのは嫌だと思うかもしれませんね。

けれども、思い通りの結果がやってきても、それを喜んでいられるのは短い間だけだということを思い出せばいいのです。

そうすると、苦楽が消えた人生の方が余程いいのではないかと気付けるかもしれません。自我の苦楽から離れると、いわゆる恒常的な至福がやってくるのかもしれませんね。 

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土台無くしては存在できない

どんなものであれ、土台というのが必要であると言うのは当然のことですね。家を建てる時の土台の大切さは誰もが知っている通りです。

演劇を行う時の土台は舞台なわけですし、地球の土台は何でしょう?太陽ですかね。土台というのは、それがなければ成立しない基礎のことです。

そういう意味では、私たちは宇宙がなければ存在できないし、太陽がなければ、地球がなければ、空気が無ければ存在できません。

つまりたくさんの土台に囲まれて生きているのですが、ここで環境というよりは自分自身の中の土台って何だろうと考えてみると。

まず初めに思いつくのは、もちろん肉体ですね。肉体によって、この地球上で生活ができるわけですから。

それから、目には見えないのですがマインド。マインドによって、自分が誰かを理解したり考えたりするわけです。

けれども、心を静かにしてよ〜く見つめてみると、普段は気づくことがないのですが、明らかにこれが土台だというものに気づくことができます。

それは、自分がどれほど感情的になろうと、痛みに顔が歪もうと、焦ったり喜んだりしても、そうしたことには一切関係のないものがあると分かります。

それこそが私たちの土台、それが意識なのだろうなと。意識的であることを続けていると、その土台にはっきりと気づくようになるのです。

意識と言ってもいいし、空と呼んでもいいし、背景といってもいいし、何と表現しようがそれこそが私たちの本質ということです。

ということは、自我というのはその本質、土台の上で踊らされている小さな仮そめの仮想の存在ということになりそうですね。

多くの事柄が私の手から離れて行った

今日も本当に不思議な日だったなあと。怒涛のように、夕方あたりから物事が立て続けにやって来たのです。

それも時間制限があったりして、ゆったりとしていられないような感じで。外構工事の最後と言ってもいいブロック塀へのタイル貼りが明日に決まり。

仮住まいだったアパートの立ち会いが終わって、これで完全に縁が切れ、セッションを終えて早々に帰宅したのです。

昨夜苦労して録音しておいた、床冷暖房システムからの異音のファイルを何とか、スマホで聞けるようにし。

その最中に、頼んでおいたものの再配達がやってきて、そのすぐ後に誤購入したエントリーキーを送り返す作業が発生し。

その時同時に、懸案だった異音問題を解決するためにハウスメーカーさんや電気屋さん、そしてエアコン屋さんがやってきて。

その後、気がついたら全てが解決していたのです。全館空調システムの吹き出し口の騒音も含めて、まとめて解決。

おまけに、ハワイの税理士さんがらみの一連の作業も一気に終了したのです。多くのことが、一度に私の手から離れていきました。

この余韻を噛み締めながら、ゆっくりと瞑想して今日という日を終えるつもりです。

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感謝しかありません

家を建て替えるにあたって、解体する前に要らなくなったものをすべて処分しなければならず、一括して処分してくれる業者に依頼したのでした。

あの時は、確か大型トラック2台分に積んで持って行ってもらったのです。そして今回、仮住まいのアパートから新居への引越しに際しても、もう一度似たような業者に依頼したのです。

今度は2トントラック一台分で何とか持って行ってもらえたのですが、廃棄物を運搬するときに私が住んでいた部屋のドアに傷をつけられてしまったのです。

これは一般論なのですが、どうも廃棄業者の人たちの方が引越し業者の人たちよりも、やや雑な仕事の仕方なのかなと。

引越しの場合は、荷物を移動するだけなので丁寧に扱うということが前提にあるのですね。その一方で、廃棄処分の方は違うのです。

当たり前なのかもしれませんが、だからと言って部屋の方に傷をつけてしまうのは、あっていい訳はありません。

知らぬ間につけられてしまったドアの傷、アパート解約前にある程度補修をしなければと思い、友人にお願いすることにしたのです。

ありがたいことに快諾してくれて、わざわざアパートまで来てくれて補習作業をやってくれたのです。自分ではとてもできないワザなので、本当に助かりました。

こう言う時、本当に人の優しさが身に沁みますね。感謝しかありません。

1日が矢のように過ぎ去る

物事って重なる時は重なるものですねって、何となくコレ以前にも同じことを書いた記憶があるような気がします。

先ほど数えてみたら、7つの大切な事柄が1日を通して順番にやってきたのです。そのうちの4つは、夕方のある時間帯にまとめてドッと押し寄せてきました。

郵便とメールとLINEと電話がほぼ同時にって、これはなかなかこれまでにも経験したことがないくらいに混み合って、同期してたと言うのかな。

覚えてる限りで説明すると、留守にしていたために大切な書留が届いていなかったので、急いで再配達の処理をしているところへ、とても大切な電話がかかってきました。

これも決して逃すことのできない大事な連絡でした。それと時を同じくして、2箇所からメールが届いていたのです。

そのメールも非常に大切なものだったので、すぐに返信することで少し心に引っかかっていたものが取れたのです。

ちょうどその時くらいに、友達とLINEで明日の件で大事な依頼をすることになって、と言うわけですべての処理が終わった時に、自分でもびっくり。

そのほかにも、やることをやり終えたという自分にとってはすごく珍しい体験をしたかなと。自我はちょっと喜んでいますね。

ただもう今は、のんびりとこのブログを書いて、あとは読みかけの本でも読んで、瞑想して寝るだけですね。今日もあっという間の1日でした。

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「神対応」の引越し屋さん

今日ようやく、仮住まいのアパートからすべての荷物を撤去することができたのですが、残り物のほとんどは廃棄処分とし、それ以外のテレビや重いダンボール箱だけを、比較的小規模の引っ越し屋さんに依頼してあったのです。

金額も良心的だし、実際に来てみると非常にテキバキとしていて気持ちがいい。実は彼らがやってくる数分前に、見知らぬ訪問客がアパートにやってきたのです。

ちょうど真上の部屋に引っ越して来たものですと言う、感じのいい若いお母さんふう。単なる挨拶なのかなと思っていたら、家内がカーテンを取り外している姿を見て、そのカーテンを譲って欲しいのだと。

お2階さんの事情は知りませんが、一時的な住まいを探してやってこられたという息子さん2人との3人家族なので、これ以上の好都合はなかったようで。

それはもうどうぞどうぞという会話をしている間に、あっという間に威勢のいい引越し屋さんの作業は進んですぐに終わってしまったのです。

物足りないなあ、なんて冗談を言うくらいの引っ越し屋さん、家内と2階に越してきた人の会話を聞いていて、上に持っていくものあったら運びますよと。

結局、彼らには、廃棄処分予定だった冷蔵庫(90kg)、洗濯機、テレビ、その他諸々のものを2階に運んでもらったのです。

え〜、そんなことってあるんですかあ?考えられないような神対応。追加料金を請求するでもなく、私と家内とお2階さんもみんなでびっくりするやら感動するやら。

最後は心ばかりのものをお渡しして、帰って行ってもらったのですが、彼らの人生がより素晴らしいものになるように心からお祈りしたいと強く思いましたね。

少しでも彼らのことを広く知ってもらえるならいいなと。以下が彼らのリンクです。小規模な引越しなら是非彼らに依頼するとハッピーな気持ちにしてくれますよ。

https://curama.jp/moving/SER985892678/