人生に宿題などない

小学生の頃くらいから、学校で宿題を出されるようになって、ああ、面倒臭いなあ、宿題なんてなければいいのにと思ったことが誰にでもあるはずです。

けれども、成長するにつれて、小学生の頃の宿題などまだ楽なもんだったと思うようになるかもしれませんね。

というのも、社会人ともなれば、先生から出題される宿題はなくなる反面、それよりももっと過酷な課題というものが、自分の人生にできてきてしまいます。

何日までに、決められた仕事をやり遂げなければならないとか、プレゼンの準備をしなければとか、営業のノルマを達成しなければなど、いくらでも課題はやってきます。

心の癒しにおいても、母親との問題を解決できたら、今度は父親とのわだかまりを解いていこうという具合に、次々と課題がやってきます。

そうやって、癒しの課題、あるいは人生の宿題をクリアしていった先にこそ、本当に期待できる人生が待っていてくれると信じているのです。

ちょうど、ゲームなどで全クリしたら、そのゲームがめでたく終わりになるように、人生の目標を達成するときがやってくると思っているのです。

けれども、そんなときは決してやってくることはありません。宿題をすべてクリアした後に人生という物語が終わるというのではないのです。

当然のことながら、宿題を残したままに死がやってくることになってしまうのです。だからこそ、残してきたことを次の人生で達成しようとして、輪廻を繰り返すわけです。もしも、本当に輪廻というものがあるのだとすればですが…。

もう一度繰り返しになりますが、人生において宿題がなくなるということはありません。まだ遣り残したことがあるという、その思いこそがカルマの正体だといってもいいのです。

そして、宿題があるという思いがある限りは、人生という物語は継続するのです。つまり、物語の中でしか生きることのできないエゴにとっては、宿題が残っていると妄想することで、自分を存続させることができるということなのです。

それは、つまり人生には宿題など元々ないということを意味します。達成しなければならないこと、解決しなければならないことなど、一つもないというのが真実なのです。

いつでも、この物語を中断することは可能なのです。そのことが分かれば、とても楽な気分になれるはずです。

勿論それは、死ぬことではなくて、本当の自分とはその物語を生きている自分ではないということに気づくことによってということです。