活動的な人と非活動的な人

世の中には、活動的な人がいるかと思えば、その逆の非活動的な人もいます。もしかすると、それで世界のバランスが取れているのかもしれません。

私は、どう考えても非活動的な気質を持って生まれてきたという自覚があります。子供のころから、じっとしていることが好きな部分があったし、あっちこっち出かけることにあまり興味がありませんでした。

ところが、社会人になってからというもの、静から動へと、強制的に活動的にならされたのです。全部で四つの会社を渡り歩いたのですが、最初の会社では日本中の放送局へ行きました。

技術者になれば、一つところでじっと作業をしていられると思ったのも束の間、北は北海道から南は九州まで全国へ出張させられていたのです。

二つ目以降は、すべてアメリカ企業だったこともあって、海外出張は当り前になったし、そこそこ長く滞在しなければならない状況にもなったのです。

サラリーマンを辞めた今は、また非活動的な毎日に戻ったのですが、私にとっては20数年間の活動的な日々は、自分の人生のバランスを取るためには、絶対必要なことだったと今になって思うのです。

一方、活動的な人を見ると、私はいまだにどこかで羨ましいと思っているのです。エネルギッシュだし、活き活きとしていて、時間の無駄がなく充実しているように見えるからです。

実際、この社会を牛耳っているのは、そうした常に何かを考えて、時間を惜しんで行動的でいる人たちなのですから、正直にすごいなと思えるのは当然かもしれません。

けれども、そうした活動的な人には、陥りやすい罠があるのです。それは、思考つまりマインドがハートを差し置いて優先されやすいということです。

忙しさとバイタリティによって、マインドがフル回転しているために、ハートで感じることが疎かになってしまいがちなのです。活動的な人もバランスを取ることがとても大切だと思うのです。

ハートを活性化させるためには、瞑想をすることが一番効果的ですが、活動的な人は大抵瞑想を苦手としているか、そもそも興味がない場合が多いのです。

もしもあなたが活動的な人であるならば、今この瞬間に耳を澄ますということを忘れているかもしれません。それでは、人生に深みが生まれないのです。

人生でどれほどの成果を作り出したとしても、深みがなければ本当に満ち足りるという実感を得ることができないのです。動の中に、少しの静を散りばめる練習をしてみることをお勧めします。