理に適ってない

理屈っぽい人とそうでない人がいますが、私は完全に前者の方に入ると思いますね。理屈は、理論とも言えます。

要するに、起きることにはそれなりの明確な理由、原因があるという考え方です。だから原因と結果が理屈に合わないと、気持ちが悪いのです。

その気持ち悪さゆえに、人の言動に対して「理に適ってない!」と言ってしまうわけです。そこで一刀両断、血も涙もないと言われるのです。

それでも自分としては、理屈に合わないことを言ったりやったりするよりはましと思ってしまうのです。

ところがです。最近、その理に適っていることがとても視野の狭い発想でしかなかったのかもしれないと思えるようになったのです。

自分が認知できる理論、理屈の視野が狭ければ、それを超えるような事柄は理に適ってないと感じるはずだからです。

「お金の心配をしない」→「お金がやってくる」という動画をあげたのですが、これなどは完全に理に適ってないですよね。

これまでの理屈で言えば、「お金の心配をする」→「対策&実践」→「お金が入るかも」が正解であり、理に適っているはずなのです。

分かったことは、宇宙的視点に立てば、自我の自分が理に適ってないと思ったこともすっ飛ばして、現実化されるということです。

それは圧倒的に自分などよりも視野が広いからですね。左脳で作り上げた自我の理屈が、どれほど狭い視野に基づいたものか、正直反省の日々ですね。