人生ドラマの途中で我に帰る

映画やドラマなどを観るとき、あるいはスポーツの試合を観戦するときなど、その中にのめり込んでしまえばそれだけ楽しめることを知っていますね。

夢中になってドラマの主人公と同化したり、お気に入りの選手に肩入れして無我夢中で応援したりして楽しむわけです。

要するに、「我を忘れて」没入するということ。その中に飛び込んで完全に自分のことを忘れてしまうのです。

観終わった時にようやく、ああ面白かったと自分自身に戻ることになるのです。それと同じことを、私たちはこの人生でやっているのではないかと。

とある誰かとしてその人の人生を生きるのですが、完全に我を忘れた状態のままでいるということです。

ただドラマを見たりスポーツ観戦と違うのは、人生では100%完全に我を忘れてしまうため、自分の力で自分を思い出すことができなくなってしまうのです。

場合によっては、一つの人生が終わりを遂げても我に戻ることをせずに、また次の人生へと続いていってしまうのです。

人類の歴史上ほんの一握りの人たちだけが、人生の途中で我に帰ることができたのです。それを覚醒と呼んだりするのですね。

“人生ドラマの途中で我に帰る” への2件の返信

  1. 少し前に怒りのワークを実践しているとコメントした者です。
    このワークをすることによってお腹の底に溜まっていたものがたくさん出てきた感じです。怒りもそうですが、今までにない死んでしまうのではないかというような恐怖もたくさん味わいました。とにかく怖くて怖くて。
    今は体の不調(頭痛や吐き気等)がだいぶ落ちついてきたもののキーンとした耳鳴りが酷くずっと治らないままです。
    これはまだ何か感情が残ってしまっているのでしょうか?気にしない方がいいのかどう捉えたらいいか迷っています。

  2. 感情がなくなるということはないので、しばらく放っておいて大丈夫だと思います。それよりも勇気を持ってやれた自分を褒めてあげて下さいね。

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