非二元に気付いたからといって、日々の人生物語がなくなってしまうというわけではありません。
その物語に対して、強く肩入れするということが減ってしまうということはあるかもしれませんが。
でもその程度のことしか変化はありません。特に、あまり起きて欲しくないようなトラブルを歓迎する気にはなかなかなれるものではないですね。
普段なんでもなく使えていたネットが突然切れてしまうとか、ホームページへのアクセスができなくなるとか。
あるいは、身体の調子がどこか悪くなって、いつものように過ごすことができなくなったりといったこと。
こうした都合の悪い出来事は、いつも通り自分の気分を悪化させることになるのですが、それでもその現れに気付いているようにしてみるのです。
そうすると、二重映しのように嫌な気分とは別の何も動じていない部分があることにも気づくことができます。
どんな出来事がやって来たとしても、深いところにある静寂には気付いていられるようにしたいものですね。

