思考の根っこに分離あり

昔から思考って一体なんなのだろう?と思うことがありました。いまだにはっきりとこういうものだと理解できているわけではないのです。

ただし思考の根っこにあるものは分かりました。それは、きっと分離という概念ですね。分離というのは、この世界にはモノがあるという認識のことです。

モノという単位でこの世界を見ることによって、それぞれのモノ同士は互いに分離していると認識することになったのです。

そこから、AよりもBの方が大きいとか、BよりもAの方が綺麗などと比較するというプロセスが起きたのです。

こういった内的活動こそが思考の始まりなのではないかと。でもそれは本当にシンプルな思考でしかなかったのです。

それでは、私たちが日々繰り出す複雑な思考は、どのようにできてきたのでしょうか?それは、言葉です。

言葉を発明したことによって、思考は尋常ではないくらいに高度に進化することになったのです。そして、今では言葉なしに思考することはできないくらいになったのです。

本当?と思うのでしたら、言葉なしで何かを考えてみてください。相当苦戦するはずですから。そのくらい、「思考=言葉」となったわけです。

言葉は何のためにあるのかと言えば、もちろん個体同士のコミュニケーションのためですね。だから思考を生み出す左脳が優勢になったのは、当然なのかもしれません。

私たちは、コミュニケーションなしで生きていくことなどできないからです。こんなことをふと思いつつ、思考の奴隷にならない生き方をしっかりと見据える必要があるなと思い返すのです。

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