非二元の探求が始まって、最も驚かされたのは空間は概念だったと気づいたことです。もちろん時間も同じように概念ですが。
とにかく、空間と言う実体はないということの気づきによって、これまでの現実というものの本質が完全に崩壊したわけです。
私たちは、自分の身体の周囲は全て空間に囲まれているという認識を持っています。朝目覚めた時から寝るまで、ずっと満ちた空間の中で生活していると思っているのです。
空間が途切れてしまっている場所などあり得ないし、そもそも空間がないということをイメージすることさえできません。
いかなる場合であっても、まずは空間ありきなのです。空間があった上で自分の身体という物質が存在できると感じるからです。
では身体という物質ではない本来の自分をイメージした時に、それは本当に空間に依存しているかは疑問です。
これは単なる感覚の話ですが、もしも意識(気づき)があるとしたら、それは空間を必要とはしない感じがするのです。
そしてもう一つ、空間を必要としないと言えば、それが現れです。そこでようやく、気づきと現れ(体験)が同義語であり、空間に依存しないことがはっきりしますね。
空間がないことで、分離もないことが分かります。逆に言えば、分離をでっち上げるためには空間が必要だったということかもしれません。

