現れと気づいているなら非二元

少し前に、体験には直接体験と思考体験があって、簡単に言ってしまえば思考が入り込む以前の直接体験が非二元であって、思考の解釈が入った後が二元の世界だとお伝えしました。

基本的には上記の説明で間違いはないのですが、そこのところをもう少し丁寧に説明したほうが間違いがないのかなと思うのです。

それは体験だけがあるということにしっかり気づいているのであれば、思考体験も非二元になるということです。

表現を変えるなら、思考による解釈を付加した体験を事実だと捉えることで二元の世界が出来上がるだけなのです。

色や音や感覚が起きているという段階は明らかに非二元です。そこに思考が介入してきて、その色を見ている私がいるという説明を信じるなら二元になるのです。

けれども、その色を見ている私がいると思っているとするなら、それは非二元です。ここの違いが分かるでしょうか?

私の目の前にテーブルが一脚ある、というのは二元ですし、私の目の前にテーブルが一脚あると思っているのは非二元なのです。

思っているという思考が現れているからです。ところが、テーブルが一脚あると言い切るのであれば、二元の世界になってしまうということですね。