仕分けが止まらない

私たちの思考、あるいは言葉というのはとにかく何でも手当たり次第に物事を2つに分類してしまいます。

これを仏教では、分別と呼ぶらしいですが、要するに仕分けしてしまうということです。けれども、これにはれっきとした利点もあるのです。

幼い子供は弱くて非力な自分を守るために、本能的に安心できるものとそうでないものを明確に分断するのです。

たとえば、向こうからやってくる知らないおじさんはいい人か、あるいは悪い人かを瞬時に見分けるのです。

本来人はいい部分も悪い部分も持ち合わせているものですが、それだと判断ができないので危険なわけです。

だから、本能的な自己防衛の機能として仕分けをするのです。幼い頃というのは、何でも白か黒かを明確にしてしまうのはそのためです。

大人になるにつれて、少しずつその中間である灰色として物事を見られるようになるのです。それでも、やっぱり思考による仕分けは無くなりません。

こうした心の習性が結局はこの世界を分断させてしまうのです。これがこの世界が二元に見える理由なのですね。

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