この仕事を始めた頃だから、もう25年くらい前のことですが脳が体験するものをクオリアという言葉で脳科学者が語り出したのを知ったのです。
そういう名前付けがされると、そのことを考えるいいきっかけになるものですね。それで、確かに自分は脳が見たり聞いたりする感覚で生活しているのだと。
もっと言えば、日常の何から何までクオリアで埋め尽くされているということになって、それ以外は感覚としては何もないのです。
ところが、どう考えたところで脳のハードウエア的な仕組みや働きをどれほど研究したところで、クオリアがどのように生成されるかは不明なのです。
不明というよりも、決して脳がクオリアを作り出すことなど不可能だと感じたのです。後年になって、その問題を意識のハード・プロブレムと呼ぶと知ったのです。
私の中でその問題は、解決できないものとして長い間そのままになっていたのですが、それが非二元の気づきによって問題が消えたのです。
クオリアは脳が作っているのではなく、それは言葉では表現しづらいのですが意識あるいは気づきの上に現れる現象だということ。
これは説明できるものではないので、聞く人にとっては曖昧な表現をするなと感じてしまうかもしれませんね。
でも何も勉強する必要もなく、たった今この瞬間に誰もがこのことに気づくことができるのです。それくらい身近なことについてのことだからですね。

