滑稽な自我と本当の自己

自分の自我の雑然としたエネルギーが、少し静かになっている時には、本当の自己のあの感覚が目立ってきてくれます。

それは一言で言えば、空間的な広がりであり、とにかく何もなさなのです。それにはどんな特徴もなければ、特筆すべきどんなものもありません。

ということは、あなたの本当の自己についても全く同じことが言えるわけで、そうなるとどのようにも両者を区別することができません。

つまり、私の本質とあなたの本質はそっくりだとか、ほぼ同じような物ということもできない。そう、完全に一つであるしかないと分かります。

だとすると一体どういうことになるのだろう?と考えると、勝手なイメージが湧いてきます。この世界にはそれしかないのに、それ以外のものしか認識できないでいることの不思議さ。

私たちが日頃五感を使って見たり感じたりする一切合切は、表層的なまるで夢のようなものであって、それは起きてはすぐに消えていくものばかり。

永遠に変わらないものは本当の自己しかなく、地球上で言えばそこから80億人の目を通して、その夢を共有している。

そうそう、それは私たち人間だけに限られたものではなく、あらゆる動物や植物も含まれるのでしょうね。

なんてことをつらつら巡らしていると、自分の欲望を叶えるために必死になっていることがすごく滑稽に思えてきたりするのです。

そんな滑稽な自我と本当の自己の両輪で生きていくことしか、どうやらできないことが分かってきた感じです。