傷つきやすくあれ

生きていれば誰だって、身体が傷ついてしまうこともあるし、心が傷つくことだってあるのです。これはある意味避けては通れないことですね。

その上誰もができるなら傷つきたくはないと願っています。なぜなら、傷つくことは辛いことだし惨めだし、痛くもあるからです。

そのため傷つかない人、傷つきにくい人になれたらいいのにと思うのです。傷つく要因が同じであっても、人によって傷つくレベルには違いがあるからです。

心身ともに鋼のように頑強であればいいのにと思うのです。傷つくことでよりダメージをくらったように感じるのは、心の方ですね。

だから強い心の持ち主になりたいと願うわけです。けれども、それでは生まれてきた意味が半減してしまいます。

この場合の強い心というのは、より鈍感で感じにくいということを意味するだけで、それだけ気づきの少ない人生になってしまいます。

傷つくことは悪いことだ、惨めなことだと信じ込んでいる人がたくさんいるのですが、それは間違いなのです。

傷つくことは決して否定的なことでも悪いことでも、惨めなことでもありません。傷つくことでしか気づくことのできないことがたくさんあるからです。

人生の目的があるとして、それはより多くの大切な気づきを得ることだとするなら、傷つきやすい方が有利なのです。

私たちは外的要因によって傷つけられると信じていますが、それが言えるのは身体だけであって、心の方は違います。

きっかけをもらうだけで、自分自身で心を傷つけるのです。このカラクリが本当に理解することができると、傷つきやすいことを歓迎できるようになるでしょうね。