我慢には2種類ある

何も我慢せずに生きて来た、という人はまずいないはずですね。人間生きていれば、必ず我慢することは付いて回るのですから。

けれども、同じ我慢でもその原因、あるいは根拠となるものが2種類あるのをご存知でしょうか?今日の話しはそれほど難しいものではなく、ある意味当たり前のこと。

何かの熟達を目指して頑張っているとき、もう辞めたいと思ってもそこを何とか我慢して継続することで、望んだ目標に近づけるのです。

この場合は、そうしたいと願ってすることなので、その我慢には自己犠牲がありません。筋トレでも、楽器のレッスンでも水泳の練習でもなんでもそうです。

それで心が疲弊するということはまずありません。逆に、我慢を乗り切ったことで達成感がやってくるかもしれません。

その一方で、全く異なる理由からくる我慢もあるのです。それはシンプルに表現すれば、自己防衛からくるものと言えます。

人は安心したいという根深い欲求を持っています。不安や恐れ、あるいは罪悪感などがやってくれば、あっという間に安心が消えて行ってしまうのです。

そうなったら是が非でも安心しようとして、あらゆる防衛を繰り出すのです。特に、敏感な人ほど他人との関わりの中で罪悪感を作り出しやすいものです。

その罪悪感から逃れるために、相手の期待に応えようと無理やり我慢をすることになるのです。この我慢は繰り返されれば必ず、いずれは牙を向いて本人に襲いかかってきます。

そして鬱になったり、あらゆる問題行動を引き起こしたり、身体の不調を起こしたりと言ったことが起きてくるのです。

自分がどちらの種類の我慢をより多くしてきたのかをしっかり認識することです。もしも、防衛からくる我慢を繰り返してきたなら、その生き方を変えていく決意が必要ですね。