誰でも気づいていることだと思いますが、私たちは何かを知らない状態でいるよりも知っている状態の方が安心できるのです。
初めての場所に行く時には、地図などで下調べをしてから行った方が安心できますが、これは何にでも言えることですね。
つまり、知りたいという気持ち、知っておきたいという願望は、単なる知識欲というよりは根っこに安心したいという気持ちがあるということです。
何か分からないことを一生懸命勉強して、それを理解することができた時には喜びさえ感じるものです。
その一方で、分からないままでいることは、とても不安だし落ち着かない心持ちに置かれてしまうのです。
分かった時、理解できた時にはそれを征服できたような気持ちにもなれるかもしれません。
だから、どうしても知りたい、分かりたい、ということを切望してしまうのも理解はできるのです。
そのために、人によっては質問魔になってしまったり、常に疑問を抱え込んでいる状態になるわけです。
そしてその疑問が解決した時には、とても爽快な気分にもなれるのですが、ここに大きな落とし穴があるのです。
なぜなら、疑問が解決したとしてもその気分の良さはほんの一瞬のことであり、またすぐに次の疑問が頭をもたげてくるからです。
こうした疑問は、知りたい、分かりたい、がなくならない限り永遠に続くことになるのです。
そしてより本質的な疑問には、答えというものがありません。なぜなら、疑問は思考の範疇であり、答えはその思考の中にはないからです。
これに気づいた時、人はふと疑問を解決しようとすることをやめることになるのです。
もっと正確に表現するなら、疑問を持った自分というものが薄くなっていくのです。そして疑問は消えていくことになるのですね。
その時にようやく、真の平安、自由の中へ入っていくことができるのです。
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