最近つくづく感じるようになってきたのですが、普段何気なく生活しているときのこの世界、つまり二元の世界というのはほとんどがイメージの世界なんですね。
非二元的な話を聞くと、そんな世界が本当にあるの?と思うかもしれませんが、二元の世界と非二元の世界の二つがあるわけではないのです。
リアルな世界というのはいつだって非二元だけであり、二元の世界はただ思考がこしらえたイマジネーションに過ぎないのです。
イメージが作り上げた世界であろうとなんであろうと、この世界で思い切り楽しめばそれでいいじゃないか、という意見があるかもしれません。
ところが、この二元の世界で生きるということは、ブッダが言ったようにそのほとんどが苦しみなのです。
生老病死、つまり生まれることも老いることも、病になることも、死ぬことも全てが苦しみになるのだと。
ただ、それら全てが苦しみになる理由は、この有りもしない物質と空間でできている二元という発想が原因なのです。
思考に付き合って幸せになるならいいのですが、ほとんどが苦しみに化けてしまうと気づいたらどうでしょう?
それがきっかけとなって初めて非二元への道が開けてくるのです。本当は道なんてないのですが、見かけ上は二元から非二元へは時間がかかるのです。
たとえば、自分の人生は自分がコントロールできるとか、得たものは自分の所有物だと言った思い込みが一瞬では取れないのを思えば、なるほどなと分かるはず。
こうした思い込みが外れてくればそれだけ、非二元に近づくことができるのです。そしてそれは同時に忘れていた本来の自由のフレーバーも連れてきてくれるのですね。

