数日はバタバタしていて、書きたいことを書けずにいたのですが、ようやく落ち着いてきたので、本来のブログに戻してみたいと思います。
私たちが日頃、辛いとか苦しいというとき、それは当事者意識が優勢になっているときなのですね。当たり前かもしれませんが。
その一方で、これは物語なんだということを観ていることができれば、どんな物語の内容であれそれを楽しむことができるのです。
ただ残念なことに、私たちは自分の人生を単なる人生物語だとは思えないのです。そこに深刻さがあるのです。
物語というのは、兎にも角にも楽しむためにあるのです。他人のことであれば、そのことを忘れずにいられるかもしれません。
けれども、いざ自分のこととなると、これはただの物語だとは思えなくなってしまうのです。そうなると、楽しめるはずの物語もただ苦しいだけのものへと成り下がってしまうのです。
非二元の探求をしていると、自分を個人だと思う気持ちが薄れてくるのです。そうすると、当事者意識は揺らいできます。
だから、ただ物語が起きつつあるという感覚になれるのですね。物語から距離をとって、見守ることができるようになるのです。
何が起きても、それは生身の自分に起きているのではなく、ただ現象として現れているに過ぎないという感覚。難しいですけどね。

