非二元を信じる必要はない

最初に起きた非二元への気づきは、「モノには実体がない」ということでした。けれども今思うに、この表現はかなり二元の世界から見た色合いが強いなと感じるのです。

もう少し非二元的な表現を使うなら、「実体への気づきはない」という感じになるかなと。このような変化は、「モノありき」から「気づきありき」へと遷移したからだろうと。

これまでの探求を通して、目には見えないこうした変化があったということです。つまり初めの気づきから今に至るまで、基本的には何も進んではいなかったわけで。

ただ二元の世界にいると考えられている自分の物質世界ありきの信念が弱体化してきたというのが本当のところなのです。

そう、この2年を通して得たものは実質何一つなくて、ただただ二元性への執着が薄まってきたというべきだと感じるわけです。

自分では内心で非二元への理解が深まったと感じていたのですが、やはり非二元への理解なんてものは最初からなかったのです。

そうではなくて、ただただより正直に、より信念や思い込みに邪魔されずにいることができるようになったということなんですね。

その結果、内側で起きていた非二元への懐疑的な思いが少しずつ払拭されてきたのかなと。まだ消えてはいないのですが、その分楽になったのは間違いないところです。

言葉を変えて表現するなら、非二元を信じる必要など全くないということに気づけるようになったとも言えるのですね。