真理は知覚できない

何かを知覚することと認識することは全く異なることだということをまずは理解しておく必要があります。

知覚というのは、主に五感によるものであって、認識は思考を介在するのです。場合によっては、思考だけでも成立するのです。

「これはリンゴだ」という時には、認識していることになり、ただその色や形が見えているのならそれは視覚なのです。

ところがこうした視覚などによる知覚は、定義上はあくまでも我々の五感に基づくものであるということです。

これに対して、非二元的に表現するところの現れとは、知覚でもありません。そもそも、目も耳も皮膚も鼻も舌もありません。

知覚は、対象物からやってくる情報を感覚器官を通して脳で感じるものです。非二元では脳がないだけでなく対象もないのです。

現れとは気づきの別名であって、その時に初めてこの世界の真理があるということです。真理は気づきそのものでもありますね。

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