隠された本音

小学一年の時に、盲腸の手術をしたことがあります。正式には虫垂炎と言うのでしょうが、昔は単に盲腸と呼んでいました。

術後、医者か看護師の誰かに摘出した盲腸を見せてもらったのですが、それがピンク色をしたいかにも健康そうなマカロニのようだったのを覚えています。

病室のベッドで近くに母親が付き添っていてくれるのですが、彼女が心配そうにこちらを見ているのが耐えられずに、こっちを見るな!と怒鳴っていたのを覚えています。

どう言うわけかあの眼差しで見られると、切った右下腹部のあたりが疼くのです。そんな馬鹿なことがあるかと思われるでしょうが、本当なのです。

それで母親はどうしたらいいか途方に暮れて、私に背を向けて窓の外を見ていたように記憶しています。

申し訳ないことをしたなとその後何度となく思い出しては考えていましたね。あのこっちを見るな!のもっと奥には、優しい眼差しで見て欲しいがあったのではと思うのです。

子供心に心配されたくないと言う気持ちが強く働いて、本当は見て欲しいという思いを隠していたように思います。

マインドというのは面倒臭いものですね。本当に欲しいものが願っても願っても手に入らないとなると、そんなものもういらないという嘘の思いをでっちあげるのです。

要するにそうやって防衛するわけです。どれほど望んでも抱きしめてもらえないとなったら、抱きしめて欲しくないという嘘をでっちあげるのです。

そうやってどうすることもできない苦しみから解放されようとするわけです。見て欲しいのに、見るなというのも同じだったのかも知れません。

そう言ったずっとひた隠しにしてきた本当の気持ちに気づくなら、人は生きている感覚が根本から変わってしまうかも知れません。

そんな隠された本音があるなら、きっと癒しの過程で自ずと気づくことになるのだと思いますね。

「アラヤシキ」に馴染みがある!?

この世界には不思議なことってあるものですね。私自身も何度かそういった体験をしているし、クライアントさんからも沢山伺う機会があります。

ちょっと面白いなと思ったので覚えているのですが、数年前くらいのことだったと記憶しているのですが、ある動画を観ていた時のことです。

その中で「アラヤシキ」という言葉が出てきたのです。それは、自分にしては珍しく仏教に関連する内容だったのだと思うのです。

その単語を聞いた途端、ああ、知っているとなったのです。ただし、その意味は全く分からないのです。それがとても不思議でした。

今もって正直その深い意味は知らないのですが、とにかくすごく深い部分が反応した感じがしたのです。

ネットで調べてみると、「阿頼耶識」という漢字が当てがわれていて、なんとも妙な感じがするのですが、私の中では「アラヤシキ」という発音だけが懐かしいのです。

もしかしたら前世は仏教のお坊さんだったのかとも思ったのですが、修行僧のようなのは全く自分に似つかわしくないので、きっと何か別の理由があるのかも知れません。

今でもこの言葉を発音すると、深い部分で誰かがその言葉に馴染んでいるという感覚があるのがとても面白いです。

きっと理由は分からないままに死んでいくのだろうと思いますが、最近は分からないことを解明したいという欲望も小さくなってきたなあと感じています。

思考を見守る側になる

自然であるとは、あるがままでいるということ。あなたがAであるなら、決してBにはなれないし、なる必要もないと理解することです。

自然であるためには、どんな目標も持たないでいる必要があるのです。この社会で生きるためには、少々勇気がいるかも知れません。

けれども、目標を設定してしまえばその目標からそれないようにするために、不自然さが入り込んでくるのです。

理想は無目的ということですね。自然界にはどんな目的もないのです。社会の中では、最低限のルールを守ることは当然のことです。

ただし、内側では野生でいること。そして自由であるとは、自分を飼い慣らさないということ。自分に強いるのはいつもマインドです。

だから自由とはマインドから離れていることでもあるのです。マインドによって調教されてきてしまった人は、その不自由さがマインドからやってくることをしっかり認識することです。

マインドの組成である思考は、言語を生み出したことでより複雑な思考を使えるようになったのです。そのおかげでコミュニケーションができるようになったのです。

そういう意味では思考は便利なツールではあるのですが、その一方で暴力的な力であなたの人生を破壊することもできるのです。思考は毒薬です。

もしもあなたが思考を見守る側でいられるようになるなら、自ずと自然で自由な生き方になってしまうでしょうね。

珍しく新年の決意

新年を迎えて新たな決意をしましょうなんて、これまで言ったこともなかったし、そんなことをブログで書いたこともありません。

でもガラでもないですが、今年はそれをやりたいと思います。とは言っても、毎度ここに書いていることの繰り返しに結局はなってしまいますね。

自分は何となく不自然な生き方をしてきた気がすると感じるなら、できる限り自然体で生きることを心がけたいものです。

そこそこ自然に生きてると感じている人は、もっともっと自然に生きることができるようにあらゆる工夫をすることです。

同じようにして、不自由な人生を送ってきてしまったと思っているなら、自分を解放して自由で心地いい人生にすることです。

もうすでにある程度は自由だと実感している人であれば、もっともっと自由を満喫できるようにすることです。

より自然に、より自由に生きるために全力で取り組む必要があるのです。自我はそれをあらゆる手段を使って邪魔してくるはずです。

そこに気づくためにも、3つ目が最も大切です。それはより意識的であろうとすることです。そのことで自我の邪魔を素早く察知することができるからです。

より自然に、より自由に、より意識的に、これを実践しましょう!それを邪魔してくる自我の作戦をしっかり見抜くこと。

一つのコツは、不安や恐怖を解決しようとせずにそのままにしておくこと。無視するでもいいですね。相手にしないでおくのです。

その練習を積み重ねて防衛が小さくなればなるほど、自分を縛ることがなくなっていくはずです。自分を調教しない、自分を騙さない、自己犠牲のバカバカしさに気づくこと。

二重生活の実践

昨日のブログの内容とセットで次の osho の言葉を味わってみてください。

『生というのは二重の旅だ。ひとつの旅は時間と空間のなかを進み、もうひとつの旅は自分自身と真理のなかをゆく。

最初の旅は死で終わり、ふたつ目の旅は不死で終わる。ふたつ目の旅こそ本物の旅だ。なぜなら、それはあなたをまぎれもなくどこかへ連れていってくれるから–』

自分を個人だと思い込んでいる自我にとっては、この3次元の世界、時間と空間の中を進んでいく旅をしているのです。

ただ漫然と生きているだけでは、人生の100%がそれだけになってしまいます。それが悪いということではないですが、その旅は死によって根こそぎにされてしまうのです。

一方でより高次元の世界、純粋な意識としての自己に気づくなら、その旅は肉体の死とは別に不死であることに気づくのです。

この二つの旅を同時に楽しむことができたら最高ですね。3次元の旅と高次元の旅、3次元の旅人は快不快、善悪、正不正のなかを進んでいくのです。

その旅を楽しみながらも、高次元の旅も同時に楽しむのです。そのためには、日々より意識的である工夫をすることです。

この二重生活、二重の旅を実践することを強く推奨します!

上位次元から見ると時空はない

高校生になって、数学で微分とか積分というのを習うと思うのですが、あれって一体何だったんだろうと思っている人が多数派だと思います。

それはそうですよね、だって使い道を教わってないからです。自分の実生活では使わないとしても、その使い道くらいはざっくりと教えて欲しかったですね。

実は微分も積分も、この現実世界を描写するのになくてはならないものなのです。例えば、畑の面積を知りたいとします。

現実の畑が、理想的な長方形であればいいのですが、そうとばかりは言えません。実際私の家の敷地は長方形ですが、少し歪な形をしています。

そんな時、積分を使わなければ面積を正確に計算することができないのです。微分の方は、また少し違います。

ある物体の速度を計算しようとするとき、それが等速直線運動であれば簡単に次の位置を計算することができます。

けれども、実際にはそんな綺麗な動きをするものなどこの世にないのです。カーブを曲がったり加速度がついたり。

そうした動きを予測するときには、微分が必要となるのです。なんでこんな話しをしているかというと、あることに積分の概念が使えると気づいたからです。

例えば、二次元の世界(面ですね)から三次元(空間)を導き出すときには、積分すればいいのだろうと考えられます。三次元は二次元の積み重ねだからです。

同様に、私たちの時空である三次元を積分すればより上位の次元になるわけです。ここからが今日お伝えしたい本題です。

三次元の世界から二次元である面をイメージはできますが、実際に面という存在はありません。あくまでも概念としてあるのです。

同様にして、意識の世界であるより上位の次元から、私たちの時空である三次元を見ると、イメージはできるのですが存在はないのです。

それが完全な意識の状態、例えば瞑想状態で感じることができる時空の非存在なのだと。私たちの本質からすると、時空はないのですね。

我慢強さに価値を置かない

私が子供の頃には「我慢比べ」と言うのがありました。どれだけ息を止められるかとか、鉄棒にブラ下がっていられる時間を競う等々。

子供の頃に我慢をさせると、強い子になるという考えが社会全体にあったのかも知れません。今でも我慢強いことは良いことだと思われています。

社会全体がそのように考えているのですから、子供もそのように自然と考えるようになっても不思議ではありません。

もしもその生育環境が心地良いものではなければ、あるいは何かと我慢を強制させられるような環境であれば、自動的に我慢強い子供が出来上がります。

そしてその子自身も、自分には人一倍我慢することができるという誇らしい才能があると考えて、それこそが自分の価値だと思うようになるのです。

そうなると、できるだけ苦しい人生を求めるようになるのです。自分の価値を最大限高めるためには、その苦しみを我慢すればいいと思うからです。

そうなったらその人の人生は過酷なものになってしまうはずです。なぜ自分ばかりが辛い人生を生きなければならないのかと人生を恨むことになるかも知れません。

まずは我慢強いことは尊いことではないと理解することです。我慢強ければ、それだけ戦いの人生を送る可能性も高くなってしまうのです。

逆に我慢弱い人の方がすぐに諦めて降参することになるので、結果として戦いのない平和な人生になるのです。

とにかく我慢強さに価値を置くことをやめることです。そんなことよりも、自然かどうか、自由かどうかと言うことを意識して生きることですね。

真実への渇き

osho の言葉に深く共感します。

『真実への渇きとは、人がこの存在全体の本質の中へと探求したいと欲することを意味する。それは偉大なる情熱、最も偉大なる情熱だ。』

長いこと生きているうちに、どうやらこの人生が夢のようなものだと言うことが分かってきて、その夢から覚めたいという気持ちになるのです。

夢の中で何かに熱狂したり絶望したりしながら、それなりに楽しむのもありなのですが、どうしても真実を思い出したい。

だって夢の中で何を成し遂げたところで、目覚めた瞬間に全てが消えてしまうと分かっているのですから。

夢は夢として楽しむ。決してそれを否定することも嫌悪することもない。どれほど血生臭い物語であったとしても。

夢の体験はそれなりに貴重だと思えるので。けれども、所詮夢は夢。目覚めることでしか自分の本質に気づくことはできないのです。

だから真実への渇きのままに残りの人生を送ることができればいいなと思うのです。目覚めてもどこへも行かない。

だって今ここしかないのですから。

プチ死の体験

何か特別な理由がない限りは、自分は死なないと思っています。特に若い頃は、死ぬのはいつも自分以外の周囲の誰かなのです。

だから益々死を意識することから遠ざかってしまうのです。そして高齢になってきて、初めてああもうそういう年齢になったんだと思い知るのです。

誰もが突然老人になってしまうわけではないのに、死が迫ってきたような感じがして初めてそれを真面目に意識するようになるのです。

そうだとしたら、もっと前からごく普通に死ぬことを見つめるべきなのではないかと思うのです。

死は歓迎されないイベントであり、話題にするのも憚れるという風潮があるのは本当に困ったものだと思います。

いずれは誰もが直面するし、誰もが通る道であることは重々分かっているはずなのに、いつまで経ってもおぞましいことだとして、目を逸らしているのです。

死ぬ覚悟ができているかどうかは別にして、深く瞑想することでプチ死を体験できるのです。それが無の感覚です。

それは決して不快なものではないし、逆に穏やかな静寂をまとう体験として認識されるべきものだと思うのです。

そして何度も繰り返してプチ死の体験をすることで、死への恐れも少しずつ緩和されていくように感じています。 

感謝の気持ちになる

昨日のブログの続きだと思って読んで下さい。一昨日から老人ホームに仮入居した母ですが、もうすぐ94歳という高齢になって、認知症も進行して、ほぼ歩くこともできない状態になっているのです。

普段はそういったことを忘れて生活しているのですが、夜間に転倒したりして、何か困った状態になった時に、実際はこういう状態だよと教えてあげるのです。

そうすると、母はそれを聞いて一瞬びっくりすると同時に、大抵「ああ、嫌だ嫌だ!こんなになってまで生きていたくないよ、早く死にたい!」と言うのです。

こう言う時の母親の言いっぷりは結構切実で、普段は穏やかな人なのに急に駄々っ子のような感じになるのです。

そんな時にじっくりゆっくり言って聞かせるのですが、それはこんな感じです。「お母さん、今回の人生ではもう全てを立派にやり終えたんだよ。

もう何もすることもないし、あとは美味しいものを好きなだけ食べて、神様のお迎えをゆったりと待っていればいいよ。嫌だ嫌だと言えば、神様は逆に来れないでしょ。

恵まれた人生だったし、誰に見られても恥ずかしくない人生だったじゃない。悔いることもないなんて、幸せな人生だったよね。」

こんなことを繰り返し伝えているうちに、次第に母親の受容性が働き始めると、そうだねえと言うことで感謝の感覚になっていくのです。

ただ残念なことに、この感謝の気持ちに持っていくのにそこそこの時間がかかるし、またすぐにこの話自体を忘れてしまうので根気が必要です。

とはいえ、色々やっぱり教えてもらっていることに変わりはありません。